思案中

あなたの暇つぶしになれば

ただバイクに乗った日のブログ  

 「バイク乗ろ。。。」

 2023年11月23日。日本という国においてこの日は「勤労感謝の日」という祝日とされており、大抵の企業や自治体に勤める人々はお仕事を休むことが出来る。

 例に漏れず私もお仕事を休むことのできた人間で、日々の疲れを取るためいつもより長めにダラダラと布団の中で過ごした。そして、朝飯と言うには遅すぎる時間帯に、ブランチというにはお粗末過ぎる見た目をしたご飯らしきものを食べ、起床後の活動予定を祝日らしい回らない頭で思案していた。

 突然の休日であるので、何をして良いのか分からない。やる気も起きない。

 とりあえず、何かしなければならない。子供の手本である大人として腐ってるなと思いつつ、朝飯を食べた後のアクションは、仕事終わりの日課であるマンガアプリを開くことだった。無論仕事は休みなのでその部分はカットだ。ただ飯食ってマンガを読んでるだけである。その後、マンガを読んだという謎の達成感を原動力に台所の洗いものをし、読みかけの小説とワンピースの107巻を読み切ったところで正午になった。家に食糧がないので、仕方なく近所のコンビニに行く。ちょうど光熱費の請求書が来ていたので、私は忘れずにバックにしまう。

 玄関を開けると、この時期にしては暖かい空気が顔の肌を撫でた。しかしいささか乾燥している。最近唇が荒れてきているのであまり風はふいて欲しくない。一方で、風が気持ち良いので、もう少し風にあたりたいという自分もいる。歩いていると背中がじんわり汗をかいた。暖かい、というより少し暑い。「歩いて汗かくくらいなら、自転車で来たら風が気持ち良かったかも。」その時に冒頭の文章が頭に浮かんだ。

 「バイク乗ろ。。。」

 コンビニに入り10秒でパンコーナーで買う物を決めて、会計を終える。一瞬である。やるべきことが定まった人間は強いのだ。ちなみに光熱費の支払いは忘れた。

 

 予定のない午後。気持ちの良い天気。バイクは前回給油済み。しかも、ちょうどコンビニで諸用を済ませたいところだった。乗るための条件は揃っている。コンビニに諸用があるというのが良い。何の目的もなくバイクを走らせるのも良いが、何か目的がなければただ二酸化炭素を吐き出し地球温暖化に貢献するだけの人間になってしまう。つまり、先ほどのミスは私がバイクを乗るために、この世界が私に与えた天命だったのだと解釈することができる。買ったパンを数分で平らげ、私は着替えるために押し入れを開けた。

 輝きのある黒の帽体にブルーのシールドを装着したヘルメット、この時期には少し寒いメッシュのグローブ(これしか持ってないのだ)、昨年買ったインナープロテクター(何故か焚き火の匂いがする)。パンツは黒のジーンズで生地は厚いが伸縮性がある。上半身は少しカッシリとしたグレーのパーカーを着た。鏡の前で見るとパンツについてるポケットの、銀のファスナーが少しチャラい。バイクの服ってもう少し地味なやつないのかな。できればキレイめカジュアル路線のジャケットやパンツが欲しい。

 バイクカバーをとり、久々にバイクと相対する。真夏の海のような、濃い青空のような、とにかく綺麗なブルーの車体である。エンジンのメカメカしさはマットな黒色によって無骨さが際立つ。

 自分のバイク(ジスペケ250)は他のバイクに比べて突出したものは何もない。大型には排気量と見た目の迫力とスピードで劣るし、機敏さや取り回しをはじめとした各種スペックの成績も、同排気量の中では良くて真ん中辺りだ。見た目だって、クラシックな丸めネイキッドやクールさ全快の他のフルカウルバイクの方が、世間的にウケが良いだろう。エンジンの造形美や細部の高級感、クラッチの入り具合等、彼らの方が数段上だ。

 しかしそれでも私はコイツを買った。正直に言えば、本当は違うのが欲しかったのだが、コロナ情勢でコイツしか買えなかった。待つという手もあったが、それでは意味がなかった。私は、「今」乗りたかったのだ。そして、「猛烈にバイクが欲しい」、「乗りたい」と思ったあの時に、それを叶えてくれたのはコイツなのだ。だから愛着はある。

 あまり人気がなさそうなジスペケだが、良いところだってある。バイク紹介の記事と同じことしか書けないが、乗ってみるとその良さを実感する。SSぽい見た目の癖に足つき良いし体勢が楽だし、鈍重な割にそこまで扱いづらいわけでもないし、むしろ横風強いときなんかは重くて良かったなんて思うし、基本的に法定速度で走るから他の250バイクより馬力がなくても高回転弱くても全然困らないし、逆に低回転が強いからエンストしづらいしクネクネした山道も平気だし。あと燃費が良い。

 そして何より、SS風のゴツい見た目で、250の中では大きめの車体を有している、つまりそれなりに威圧感のある見た目をしているのに、車体は夏を思わせる爽やかなブルーなのだ。またがる度に思うのだが、ギャップ萌えする。

 

 久々にバイクに乗っても、体はしっかりと操作を記憶していた。教習を受けていたときは体が全然ついてこなくてとても苦労したのだが、それが嘘のようである。走ってみて、とても気持ちの良いバイク日和だと再確認にした。アクセルを開けながら、どこまで行こうかと思案し、折角だから久々に海を見に行くことにした。私は海に面する町に住んでいるので、20分ほど走らせれば、見晴らしの良い所に到着できる。天気が良いから、きっと海も綺麗だろうという期待が余計に今の時間を楽しくさせた。

 目的地の海に着くまでのコースは大きく2つある。直線と緩やかなカーブが多い開放感のある近年整備された新道と、海沿いの住宅街や隆起した地形に沿って作られた昔ながらの旧道コース。目的地に一直線というのも爽快感があって悪くはないが、久々のバイクなのでじっくりと「バイクに乗っている」感を味わいたかった。なのであえてカーブや起伏の激しい旧道を行く。ゆっくりと丁寧に運転することで、よりバイクの操作が上手くなったような気がする。住宅街を通るので人の飛び出しに注意しながら走った。お年寄りが多く、庭に花や野菜を育てているお家が多い。それらに彩られたカラフルな庭が沢山あるので田舎の住宅街を走るのは割と楽しい。海が近づくと起伏が激しくなる。勾配が急でカーブのRもえげつない所を無事に走り抜け、午後の2時頃には目的地に到着した。

 駐車場では車と距離を取って、目立たない所にバイクを停める。ヘルメットを取ると、つい大きく深呼吸してしまう。安全のためとはいえ、正直ヘルメットは窮屈だ。グローブとヘルメットをハンドル部分の上に置き、海を目指して駐車場の右手にある散策路に入る。空はやはり良い天気で、松林の上にある太陽がほどよい熱を提供してくれた。草本植物は緑の色素が抜け、黄緑色や茶色になって、僅かに風にそよいでいた。こういう変化を見ると、暖かいけど確実に冬に近づいているなとしみじみエモさを感じ、昔の人もきっとこうして四季の変化に趣を感じていたんだろうと思う。いとエモしは、いとおかしなのである。

 ほどよい日光を浴びて体に力がみなぎる、気がした。残念ながら私は葉緑体を持たない生物なので、エセ光合成をしながら散策路を進む、。段々と海の音が大きくなってきた。地面もごつごつとした岩場に変わってきた。最後に急な斜面を下りると、さきほどまであった藪を抜け、目の前には一面の青が広がる。とにかく綺麗なブルーである。海の青と空の青が、水平線で交わっていたが、グラーデーションが良い具合に働き、そこが一層美しく見えた。折角なら一眼レフを持ってくれば良かったと後悔したが、また来るための口実ができたと思うことにした。周りには誰もいない。高くなった岩場の上に腰を下ろし、ぼーっと海と空を眺めた。時間に追われる現代人には、このうえなく贅沢な時間だ。海は青くて、空も青い。山は緑だけど、日本人は何故か緑を青と呼ぶ文化がある。更に昔の日本人は藍を使った紺色をよく身にまとっていて、ここでも青が出てくる。そしてさらに私は12月生まれで誕生石がターコイズという石でこれも青色だ。何が良いたいのかといえば、つまり「青って良いよね」というなんの脈絡もない超個人的意見の主張である。私は青が好きなのだ。

 水平線を見ながらあの向こうまで行ってみたいなーとか思ってみた。私は外国に行ったことがないのだ。学生のとき、格安でドイツに行くチャンスがあったのだが、その時は部活の方が心境的に大事で、そのチャンスを棒に振ってしまった。部活を選んだことを悔やんではいないが、ドイツに行かなかった選択を悔やんではいる。そしてあれよあれよと卒論就活社会人となり、時間ない&お金ない人生の幕開けである。いずれは体力も無くなるのだろう。あの時の好機を逃した今、海外へのハードルはとてつもなく高いものとなっていた。

 ふと後ろを向くと、藪の向こう側から人が来る気配があった。他のお客さんに迷惑になってはならないので、そそくさと岩場から降りて海と空に別れをつげた。

 

 駐車場に戻ると、私のバイクの隣に4台のバイクが止まっていた。スクーター、カワサキのZ900、オフロード、ビキニカウルをつけたネイキッド。たぶんツーリング仲間か何かだろう。私もいつかはバイク仲間とツーリング、とか考えたが、どうやら私は一人で走る方が気楽で良いなと思う側の人間だったようだ。だから楽しい時間を他人と共有できているのであろう、目の前にある4台のバイクの主人達に勝手に敬意を払い、しっかりと横目でエンジンの造形美やタンクの張りなどを観察させてもらいつつ、ヘルメットとグローブを装着して駐車場を出た。

 その後調子にのって日暮れまで走ったのだが、太陽が山の向こうに落ちた瞬間から全身がスマホのバイブ並に震えてきたので急いでアパートに戻った。空気が冷たい。しかしそこは見た目SSマシン。シールドがあるぶん、たぶんネイキッドより防風性能はあるだろう。そんなバイクの恩恵に感謝しつつ、今日見た綺麗な青を思い出しつつ、それと同じ色をしたこのバイクを見て、やっぱ良いなと再確認するわけです。

 そしてコンビニ寄って光熱費払うの忘れたと思い出すわけです。今思い出しました。