たまの雑記

雑記だよ!

15分日記 5.17

 哲学書っぽいやつを読んでいる。

 

 去年の夏頃に院生の友人に会い、寮の部屋でおしゃべりしていたのだが、その時にたまたまその本を紹介してもらったのがきっかけだ。

 タイトルは これからの「正義」のはなしをしよう というやつで、そのタイトルのかっこよさに惹かれて買った。

 

 買ったまでは良いのだが、この本、難しすぎる。

 友人も哲学書とは無縁だったらしく、わざわざ「哲学入門」みたいな本を買って、それで用語を調べたり、理解しづらい所は理解できるまで考えたりと、かなり時間をかけて読んだそうだ。すごいガッツだなと思う。

 

 そんなことを聞かされつつも、哲学書はほとんど読んだことがないので、中身も見ずに書店で買ってしまった。たしか友人に会った2週間後くらい。

 

 で、本の話に戻るが、本当に難しい。読書は頭が鍛えられると言われているが、たしかにこれなら鍛えられそうだと思った。

 

 何が難しいのか自分なりに整理した結果、2つの要因が浮上した。

 1つは、頻繁に聞き慣れない用語がでてくること。もう1つは、1つの事柄を説明するのに多くの筋道だった文章が使われていることだ。

 

 1つめの聞き慣れない用語はそのままで、なんか専門書を読んでいる気分。もちろん物理とか化学とかみたいに専門の公式がでてきたりするわけじゃないから、根気よく読めば分かるのだが、小説みたいにスラスラ読めるものでは無かった。よく分からない単語に意識を持ってかれて、そのせいで難解な文章が更に分かりづらくなる、といった具合。

 もう一つの方は、上手く説明するのが難しい。

 この本は、「こういう主張があるけど本当に正しいのかな?それを判断するために一つ例を挙げて一緒に考えてみよう」みたいな感じの中身なのだが(たぶん)、その例を挙げて考える最中に様々な疑問点や反論がでてきて、こういう場合もあるね、一方でこんな主張も、以上のことからこれはこういうことと言えそうだ、みたいな、大学の論文を読んでる気分になる。

 自分は論文形式の読み物が苦手だ。大学生のうちにもっと論文を読み込んでおけばもう少しはマシになっていたかもしれない。

 

 そんな感じで、なかなか内容の理解が難しい。

 しかし残すは2章でページ数にして80ページほどなので、明日中には読み切りたい。

 

 目標があると、毎日に楽しみが生まれるんだな。

15分日記 5.16

 独り暮らしをして自炊を意識してやっているのだが、ここ数ヶ月、いや、半年以上はまっているのがチャーハンだ。

 

 時間はかからないし、材料も安くてすむし、洗い物も少ない、そして美味い。最高の料理の一つだと思っている。

 

 で、普段自分が作っているチャーハンなのだが、具材は卵のみの超シンプルなものだ。卵はだいたい3つほど、ご飯は1合。シンプルすぎて貧乏くさいかもしれないが、炭水化物もタンパク質もとれるので、栄養的には問題ない。

 

 それに、味もまぁまぁ美味くできあがる。

 

 おそらく使っている調味料が良いのだろう。香味ペーストか創味シャンタンを愛用している。どちらも美味しくできるが、コスパ的には創味シャンタンの方が良いかもしれない。

 具材とご飯をある程度炒めたら、ニンニクとマヨネーズを一回しして炒め、最後に先ほどの調味料を入れて炒める。時間は10分もかからないし、洗い物もフライパンと食器1,2枚。栄養もとれて美味いのだから、やめられない。

 

 なので、チャーハンなんて卵がありゃ十分だ、と思っていた自分だったのだが、今日はじめて、魚肉ソーセージをいれることになった。

 卵が2つしかなくて、タンパク質が足りず仕方なく魚にソをいれたのだ。

 

 結論からいって、美味かった。

 まぁ、逆に魚にソ突っ込んでまずくなる方が不思議なのだが、普段食っているチャーハンよりも肉感が強く、非常に食べ応えがあった。

 具材を少し増やすだけで、こんなに満足感増すのだな。だからといって具材を足したり色々試すと手間がかかるのでやらないが。

 

 たまには、普段と違う選択をしても良いかもしれないなと、そう思わされた出来事でした。

15分日記 5.15

 今日は、一つ夢が叶った。

 

 ざる一杯に苺を食べまくることができたのだ。ざる一杯食べても、まだもう一杯分残っている。幸せだ。

 

 苺に限らず、自分は小さい頃から果物が好きだ。バナナ、スイカ、ミカン、梨、桃、キウイ、サクランボ、ブルーベリー、グレープフルーツ、ブドウ、他にも色々あるが、列挙するときりが無いのでここまでにする。

 

 果物の中で一番量を食べたのはミカンだろうな。なぜなら安いから。

 紅葉が終わる頃にはスーパーに愛媛産や静岡産のミカンがこれでもかと箱売りされている。有り難いことに両親がいつもこれを買ってくれるので、小さい頃からミカンは好きなだけ食べて育つことができた。

 

 他の果物で量を食べることができたのはスイカだ。夏になると無人販売所でも売っているのをよく見かけ、それを見ると「夏だなぁ」と、自分の中では季節の指標になっていたりする。

 スイカはなんといっても果汁が良い。暑い夏に冷やしたスイカとなればなおさらだ。100%天然の糖が染みている水分は味も喉ごしもたまらないし、シャクシャクとした食感と音が面白く、それが一層食欲をかきたてる。いくらでも食べていたくなる。

 

 話がそれたが、それら沢山食べられるお求めやすい果物の、対局にあるのが苺だ。(主観です)

 

 1パックは安くても400円近くはするし、量は少ないし、すぐに傷む。あと高い。

 しかし甘みはどの果物よりも強くて、量をむしゃむしゃするというよりも一粒一粒を味わって食べる、そんな果物だ。(主観です)

 

 ところが、今日の自分はその味わって食べるべき苺をざる一杯に食べることができたのだ。(職場で運良くもらった)

 味はそれほどではない、むしろ酸味が強いものが多かったかもしれないが、苺は苺だ。普通なら一粒一粒を味わう所だが、へたをかじり取って次々と果実を口に放り込ませてもらった。

 

 まさかこんなに沢山苺を食べられるとは。

 

 味はそれなりだが、精神的な満足感の方が大きかった。味よりも、食べられないものを食べられるという方向に幸せがフォーカスしていたかもしれない。それはそれでありだろう。

 

 苺、ごちそうさまでした。

30分日記 5.14

 仕事とプライベートの両方(あと体調)でミスと不安・心配あと疲れがどどっと押し寄せてきて、そのタイミングがなんとも絶妙。見事な連携の前になすすべもなかった。

 

 と、被害者面しているが、今回の出来事はただ不運なだけでなく、自分のミスも原因の一つであるので反省する。

 

 凡事徹底

 開心見誠

 

 ミスを反省するというよりも、これを機に生き方というか、自分の信念みたいな、行動法則の根幹の部分を変えたい。

 

 今までは、たぶん今までの自分で大丈夫だったのだ。それでなんとか乗り越えられてきたし。なんだかんだあったが、満足している。

 だが、大学の後半に入るあたりから、なんか上手くいかない、このままで良いのか。そんなことを考えるようになっていた。

 失敗もしたし、申し訳ないこともしたし、自分の中で強い後悔というものを、いくつかの経験を通して学んだ。

 

 潮時ってこういうときに言うのだろう。

 もう、今までのままではダメだ。対応できない。

 形あるものだけではない。人間が作った物は全て、見えないものさえも、いつか限界がくる。諸行無常

 

 「チーズはどこに消えた?」

 これを読んだとき、自分もいつか変われるのだろうか、変わることができるのだろうか、変わる必要はあるのだろうか。考えさせられたが、今がその時だなと思う。

 

 確保して大事に食べていたチーズ、変わるはずのないチーズ、いつでもそこにあったチーズ。

 

 もし自分が本の中の登場人物なら、そろそろ次のチーズを探しに行くときだろう。

 

 迷路の中は暗いし、一人だし、初めてだし、何があるか分からない。恐怖を覚えたりもする。

 

 しかし、それは迷路に踏み出す前のことで、いったん踏み出せば進む以外ない。進む前が一番怖く、進み始めれば、すなわち変化している最中になってしまえば、恐怖なんて無くなるのだ。だって進むことに必死になるから。

 

 そしていつかチーズを見つける。もしかしたらその先の、迷路の外にでられる日も来るかもしれない。

 

 

 

 あぁスッキリした。はき出す場所があるというのは良いな。ブログを続けられて良かったとつくづく思う。

 

 嫌なことが続いて大変だ。みたいに書いているが、実は良いことにも気づき始めた。

 今起きている嫌なことは、もっと最悪なことになる可能性もあったがそんなことはないし、それに職場の人も気を遣ってくれてか、色々な形で励まし、応援してくれている。

 嫌なことはたしかに起きたが、その被害は最小で、しかも周りが助けてくれる状況だ。

 自分がいかに幸運で、恵まれているのか。

 その再確認ができて幸せかもしれないなと、今は思うようになった。

 

 いやぁ、自分成長してるわぁ。

 

 

15分日記 5.13

 大きなショックがあったとき、迷って開き直って、また悩んで、どうしようもないことなのに何故今悩むのだと悟って、また、、

 そんなことを繰り返す。きっと自分に限ったことではないだろうが。

 

 人間は自分の身に起きたことを深刻に捉えるようにできているらしいが、自分はどうもその傾向が強めだ。遺伝子のせいなのか環境のせいなのか。

 どちらにせよ、正確な判断ができないことは生きる上で非合理だと思う。だとしたら何故、こんな非合理がいまだ受け継がれているのか、こんな非合理を排除する教育を社会はしないのか、まったく謎だ。

 

 昨日は愚痴を書いてしまった。それだけ不安や不満がたまっていたのだなと思う。

 なにはともあれ、今日は昨日よりは落ち着いている。昨日の愚痴でいくらか心が楽になったのかもしれない。

 

 ネガティブなことを考えてしまう時は、「ネガティブなことを考えないようにする練習の機会だやったー」「ネガティブな捉え方をポジティブな捉え方に変えるチャンスだやったー」と思うようにしている。

 

 ネガティブに浸りたい時ももちろんあって、今は本当にただただ沈んでいきたい、と入水自○者のような思考になることもあるが、今はそんな思考でいられない。その位には尻に火がついている。

 

 このショックを機に生き方も考えるようにしている。自分はどうありたいのか、何を目指すのか。人生は、味わいきるには苦すぎる。珈琲は好きだが、その苦みになれるのに何年かかったっけか。早く人生の苦みも楽しめるようになりたい。たぶん珈琲の倍の年月が必要だろうな。

15分日記 5.12

 ここ2,3日はなかなか大変なことがあった。

 たぶん6月まではこの大変な感じが続きそうだ。もしかしたら7月までかも。

 人生でホント、1回あるかどうかの大きなイベントだ。悪い方のイベント。

 

 とはいえ、いつまでも突っ立てるわけにもいかない。時間が過ぎれば現実は変化して、未来の辛いことや大変なことは避けようとしても避けることはできない。だったら自分から未来はよ来いやという意気込みで、大変なことや苦しいことも自分から切り込んでいくつもりでいかなければならない。

 受けに回ると未来は怖いが、一転攻めに回れば未来は明るい。決着がつけばそれで良いのだ。人生は決着の繰り返し。時間が経つほど決着までは残り僅か。

 

 大変なことではあるが、不幸中の幸いというか、最悪の事態にはならなかった。それについては本当に、この結果にかかわった全ての存在に、善とか悪とか関係なく、ただただ感謝したい。

 

 最近空回りが多い。なんか上手くいかない。

 既存の自分から脱却したいがために変わろうとしている、そこは我ながら素晴らしいと思う。のだが、なんか、突然横から、考えもしなかったところから、急に拳がでてきて油断したところを思いっきり殴られる感じ。そんな出来事が多い。

 事前に立てた対策も無駄に終わり、それらをするすると避けられ、そばまで来て刺される。

 

 まったく糞ったれだ。

 

 何もできなかったのが悔しい。何もできていなかったのが悔しい。無意味に終わったのが悔しい。今日はこんなもん。このくらいでいいだろう。キリが良いところで。次に回した方が効率が良い。

 

 ばっかじゃねぇのか。

 

 情けないし、恥ずかしいし、罪悪感にまみれている。

 

 今できるのは、この後悔を深く心に刻んで、二度と忘れないようにすることくらいだ。で、次に生かす。

45分日記 5.8 覚悟をもてい。

 自分は損得勘定が強い。

 どうして俺は新しいことに挑戦するのが苦手なんだろうか。

 という疑問が前々からあり、それに対する答えというか、たぶんこれが原因なんだろうなと思った。

 

 今日も好きなユーチューバーさんの動画を見ていた。その人は人生を充実させるためには、自分の熱中できることを探してそれをとことんやれば良い、と言っていた(もっとかっこよくて心に響く言葉で言ってた)。

 たしかにその通りだ。苦しい人生は嫌だが、苦しくない代わりに退屈な人生も嫌だ。そうなると、やっぱ楽しい人生が良い。楽しさの中にも試練や苦行はあるだろうが、それは自分が好きでやっているわけで、壁にぶち当たる時も嫌いでぶちあたるのと好きでぶち当たるのでは、モチベもパフォーマンスも変わってくるだろう。それに、努力は大事だが、努力は好きに勝てない。努力はそれ単体だが、好きはついついやってしまうものだし、その上で努力を上乗せできるからだ。量、質ともに、好きが強い。

 

 じゃあその熱中できることってどうやって探せば良いの?となるのだが、それは「嫌いじゃ無いもの片っ端からポチりまくる」と良いらしい。

 

 「このボタンはなんだろう?いいや押しちゃえ!」みたいなノリで。

 

 そのくらい軽い気持ちで良いらしい。それは好奇心であり情熱だ。少しでもそれらがあればやってみる。とにかく行動すること。未知の領域に恐れず足を踏み出すこと。それすなわち挑戦。

 

 それが、自分の熱中を探す方法だ。

 

 

 そこで自分の半生を振り返る。俺は果たして、熱中するために挑戦したことがどれだけあるだろう。

 

 思い当たる節はほぼほぼなかった。

 

 そこでなんで挑戦することがなかったのだろうと考えたのだが、ここで冒頭に戻る。

 自分は損得勘定が強すぎるのだ。

 

 挑戦したら、成功か、失敗か、どちらかだ。未知の領域に踏み出すなら、失敗の方が多いだろう。

 挑戦のためにはどれだけの犠牲を払うだろうか。

 時間、メンタル、お金、その他にもあるかもしれない。これらを犠牲にして初めて挑戦できるのだが、失敗すればこれらをドブに捨てることになる。

 

 たぶん、それが嫌なんだろう。

 自分は損得勘定が強い他に、プライドは高いし、完璧主義だし、飽き性で、怠惰だ。

 自分で書いてて意味が分からなくなってくるのだが、そうなのだ。

 

 完璧主義なのに怠惰だから期待を越えることはできない。プライドは高いのに飽き性だから何も続かず上達せず、そんな自分に耐えられず放り出す。

 

 わかりやすく言うと、「努力とコツコツやるのが嫌いで、だけど理想は高いし結果は出したい。」こんな感じだ。我ながらすごい性格だと思う。

 

 こんな人間が結果を出せるかといえば答えはNOだ。そしてこの人間は損得勘定が強い。そりゃあ挑戦を避ける人生になるのも納得だ。

 

 きっと、自分の性格を無意識のうちに理解していたんだろう。だから挑戦を避けてきたのだろうな。

 

 今の自分に必要なのは覚悟だ。損をする覚悟。

 金を使い、時間を使い、失敗してすり減らすメンタル。これらをドブに何回も捨てる覚悟を持って、初めて自分の好きなことを見つけられるんだろうな。

 

 自分のことを掘り下げられただけ収穫だ。あとは覚悟を決めて行動するのみ。