たまの雑記

雑記だよ!

2022,9,19 何か極めたい。

 自分に対してずっと思っていたけれど、

 

 テンションの上がり下がりの落差が大きい。

 興味があることと無いことへの関心の具合が違い過ぎる。

 ポジティブな時とネガティブな時の差が激しい。

 調子が良いときと悪いときの差が激しい。

 一緒にいて楽な人と苦手な人への態度が違い過ぎる。

 

 極限まで抽象化すると、静と動それぞれの状態の自分が極端過ぎるということです。

 

 これの延長で困っているのが、物事の習熟。

 

 常々、「自分はこれを極めてます」と胸を張って言える人間になりたいなと思っている。

 

 それは生きる上で自分の武器になるだろうし、自分の軸にもなるだろうし、時には心の拠り所となり、他社からの自分自身になることもあり、自分のアイデンティティとなる。はずだ。

 で、私はそれが欲しい。

 なぜなら常に他者や周囲の意見に振り回され、自分が無いように感じて不安になるからだ。

 この不安もなんとなく最近の社会が「自分の軸を持て」「個性の時代だ」みたいな感じの雰囲気を出していることに影響されているんだろう。

 

 もうどこからが自分でどこからが他者の影響なのか分からない。このモヤモヤを解消したい。そのためには確固たる規準を持って比較して一つ一つ確認するしかないんだろう。

 

 しかし、その規準となる自分がないのだ。

 だから、私は「これこそ私だ」と言える芯が欲しい。

 

 それと物事を極めることって何が繋がるんだ?と言われるかもしれないが、極めるとなると必然的にその何かに向合い試行錯誤することになり、その試行錯誤には自分自身の思考や感情やらが反映されるはずだ。意識的にも無意識的にも自分が反映されるとなれば、それを見れば客観的に自分が分かる。

 と考えている。

 

 で、それに対して静と動が極端なことがどう影響して困ってるの?ということだけども、やる気になった時の欲張り方がすごい。

 あれもしたい、これもしたい、もっともっとしたいとTHE BLUE HARTSな状況になる。

 

 そしてそれを考えている時は楽しい。

 それを始めるために準備しているときはもっと楽しい。

 始めた時は楽しい。または、まぁ楽しい。

 

 だが、あれもこれもやって時間が足りる訳がない。必然的に中途半端になる。するとなかなか成長しない。成長を感じないとつまらない。そして虚しくなる。

 

 私は何をあんなに熱くなっていたのだ。

 そしてテンションが下がると興味がなくなってしまう。

 だから習熟しない。

 

 問題は分かっている。

 欲張りすぎだ。

 

 一般人のくせにそんなあれもこれも出来るわけがなかろうに。

 

 まずは絞れ。そして継続しろ。

 そう、意識するようにしてるんだけど、どうにも欲張っちゃうんだよな。

 

 今から3ヶ月後、1年後、3年後、5年後。

 自分が何か極めるものと出会い、成長していることを願ってやまない。

 

7月16日 バイク初公道

 タイトルの通り、今日はバイクで初めて公道を走った。

 

 買ったお店から150kmくらい離れているため、バイクは輸送して届けてもらった。

 本当は買ったお店から今住んでる所まで、自分の運転でバイクを持ち帰りたいところだけど、なにせ免許取得してから2年間もバイクを触っていなかった。道中は交通量の多い国道や、カーブと勾配がきつい山道、見通しも悪く野生動物のロードキルも頻繁に発生している。

 今の自分にはあまりにも冒険が過ぎる。走ったらたぶん事故る。

 なので諭吉1.5人と引き替えに、バイクを届けてもらったのだ。

 

 生憎、天気はザーザー降りの本降りだった。

 最近天気が悪かったけど、今じゃなくてもいいじゃん。

 今週は小雨と曇天が続いていたのだが、今日は当りらしかった。

 

 納車説明は、バイクを輸送してきた車の中で行われた。

 人が入れるくらい(頭はぶつかるが)中が広い、大きなワゴン車だった。

 丁寧に説明してくれたので、こっちも真剣に聞いた。

 説明は20分くらいか、30分くらい。1ヶ月か1,000km走ったら点検しに来てね、とのこと。

 1ヶ月で1,000kmも走れるわけがない。走れる人はできるだろうけど。

 となると、1ヶ月後には今住んでるとこからお店まで、バイクで移動できるようになっていなければならない。正直できる自信はない。

 

 お店の人がバイクを駐車場に移動してくれて、準備していた雨よけカバーをかけた。

 事前にAmazonで買っといて良かった。たぶん、これから色々バイク用品が欲しくなってくるんだろうな。

 

 16時頃には雨も上がった。

 すごいワクワクする。緊張もそれなりに。けどワクワクの方が大きい。

 ヘルメットのシールドがクリアシールドなので、むにゅっと潰れた顔を他人見られてしまうな。そんな心配をしていたけど、いざ乗るとそんなのどうでもよくなった。

 

 2年前の教習と、昨晩と納車までに見てたバイクの操作の動画、それらを思い出しながらバイクにエンジンをかけた。

 ドコドコとした重低音が響く。

 うるさくないだろうか。

 周りの視線とかが気になったが、近くに住居がないところまで移動してエンジンをかけたので、迷惑してそうな人は見当たらなかった。

 

 今日の目標は無事に給油を完了させることだ。

 ただ、いきなり車通りの多い所にいくのも危険なので、まずは車通りの少ない近所をぐるぐる走行し、慣れてきたら最寄りのガソスタに向かうことにした。

 

 そういえば、納車したバイクはGSX250R。馬力は低いがトルクが太い、姿勢が楽、重いけど直進安定性がある、操作がしやすい等、初心者にもおすすめの1台として、ネットでは評価されている車種だ。

 雑なアクセルワークでも優しくフォローしてくれる、持ち前のトルクでエンストしない。どうか本当にそうでありますようにと願いながら、いよいよ発信した。

 

 まずは発信だが、こちらは無事に完了。トルクが太いとは聞いてたが、なるほど、たしかに太い。教習車以外乗ったことがないが、体感では教習車並のトルクに感じる。エンストする気がしない。

 

 次は停止と、左折。こちらもクリア。どちらも立ちごけに繋がりやすいのでヒヤヒヤしたが、無事に完了した。ただ、左折時が大きく回りすぎる。対向車がいなかったからよかったが、公道でこれはよろしくない。

 

 左折右折を意識しながら体を慣れさせる。近所が車通りが少なくて良かった。

 もう少し練習したら行こうと思っていたら、給油ランプが点灯を始めた。

 ちなみに、ランプが点灯するということは、燃料残は2Lをきっている。

 ガス欠はあまりにもかっこ悪いので、練習を切り上げ、いよいよガソスタに向かった。

 

 初めての公道。初めての給油。これから何年一緒にいるか分からない、相棒とも言えるこの機械に、俺今給油してるよ~。よろしくな~、相棒~。

 

 とか、そういう余裕はなかった。事故らないように。それだけで頭がいっぱいで、給油時も特に感動とかなにもない。緊張による無味乾燥普通の給油。

 思ってたのと違った。

 

 無事に給油を終えた。安堵。今日の目標達成だ。

 

 しかし、できればもっとバイクに慣れておきたい。

 頭で考えるのではなく、体に癖として身に付けさせたい。

 

 車通りのすくないところを選びながら、少しリラックスして走って行く。

 

 目指すは、少し離れた国道沿いのパーキングエリア。前通った時に、車通りが少ないことは確認していたので、そこで少し練習する。

 

 案の定、車は全然いない。

 ここで20分くらい、小回りの練習をする。

 ニーグリップ、視線、体の向き、手の力を抜け、半クラ

 小回りが上手に出来るような、考えられる要素を意識しながら体を動かす。正しく動ければ、バイクも正しく動くはず。

 最終的に、ハンドルの最大切れ角で曲がる程度には出来るようになった。しかしそれもふらついたりして危なっかしい。後は慣れるしかない。

 

 車を運転する感覚でバイクも運転する。そうすれば、車よりは小回りはきくから問題ないだろうということにして、帰路についた。

 

 この時にはすっかり体も公道でのスピードになれた。60km/hも怖くない。

 むしろ気持ち良い。

 退職した職場の先輩が、「風を感じるのが気持ち良いんだよ」と言ってたのを思いだした。

 こういうことかぁ。

 ただただ気持ちよさを全身で感じながら走った。

 

 住んでたアパートを過ぎ、適当にバイクで走りまくった。

 すっかりバイクの気持ち良さの虜になっていた。

 

 時々止まってバイクを観察する。

 見れば見るほどかっこいい。

 たぶん、ライダーは皆、「自分のバイクかっけぇ」と思ってるんだろうな。

 今なら分かるぞ、その気持ち。

 

 日が暮れたので帰ったが、いやはや、なんと楽しいんだろう。

 GSXの運転のしやすさはすごい。トルクは太いがアクセルが遊びがあって穏やかだから、バイクの運転に慣れていない人でも十分に楽しめるようになっている。スズキさん、良いお仕事されますな~。

 

 いずれは、こいつと一緒に色んな景色を見たい。そのためにももっと運転を上手くならねば。

 

 どっかの誰かさんが、「バイクは人生に少しだけ彩りを与えてくれる」といってたが、本当にその通りだ。思いきって買って良かった。

 

 

 

2022/07/10 バイクを買った 納車は16日

 とても久々にブログを書く。

 前に投稿したのが3月26日なので、約4ヶ月くらい放置していたことになるわけだ。

 けどまぁ、書きたいときに書けば良いんだよな。

 元々ブログを始めたきっかけは、文章が上手くなりたいから、みたいなことだった気がする。大して更新してないし、2年程前のことだから忘れた。

 中身も文体も統一されてないけど、唯一一貫性があるとすれば、ブログのタイトルの通り、「たまにしか更新しない雑記」ということだけだろうな。

 毎日更新!とかにしなくて良かった。この緩さのおかげで、こうして気が向いたときに好きな事書けるわけだ。

 前置き(?)が長くなった。

 

 

 タイトルの通り、バイクを買った。

 ついに、ついにだ。

 何から書けば良いんだろう。

 買ったきっかけとか理由か、バイクには乗らないと決めてたことか、バイクの種類か、何をしたいかか、費用か、色々書きたいことはあるなぁ。

 

 きっかけとか心情的なものは、長くなりそうなので今日は詳しくは書かない。

 買った理由は、バイク乗ればちっとは陰ぽい性格も治るかな、と思ったから。以上。

 

 買ったバイクはスズキのGSX250R。新車。お値段は送料込みで608,000円。

 スペックは並列二気筒エンジンで最大24馬力のSS。重量は178kgで全長2,085mm。色はトリトンブルーメタリック。

 

 一言で表すなら、安全運転しかできない快乗り心地が快適なスポーツカーだな。

 このバイクは見た目がすごく、レースでガンガン走りまっせ!って感じなんだけど、肝心のパワーがない。その上重い。

 同じSSって括りに入るcbR250RRとかninjaとかYZFとかと比べたら、よく分かるんだけど、他のが馬力が35PS(PSは馬力のこと)とか41PSとかあって、重量は166kgとか170kgとか。やっぱGSX250Rは馬力がなくて重いなって、分かる。

 

 けど、そこが良い!!

 らしい。

 

 馬力がない、重い、結果的にそれが運転のしやすさに繋がっているそうだ。

 アクセルは穏やかで、重いから直進安定性がある(ぶれないってこと)。それでいて乗車姿勢も、他の車種に比べると楽な姿勢で疲れづらいそうだ。

 ゆったーりのんびーり走るのに向いている。おまけに燃費もまぁまぁ良い。

 

 そんなわけで、バイク初心者で色んなとこに行ってみたいなと思ってる自分には、ぴったりだなと思ったわけ。

 

 あぁー、めっちゃ楽しみだなぁー。マジで早く乗りたい笑

 ジャケットはさっき黒猫さんが届けてくれたし、ヘルメットはOGKのF17でメチャかっけぇやつ。任意保険は今週入るし、駐車場も大家さんと話をつけてある。バイクカバーも防犯チェーンも買ったから、バイクを迎え入れる準備は万端だ。

 こう、なんかやりたいなーってなると、youtubeとかでそれ関係の動画漁りまくっちゃうんだよな。色んなバイクの納車動画見まくっちゃってるよ。そして自分が納車を迎え時の妄想をしまくってる笑。

 

 16日のバイク納車に向けて、仕事きっちりやって、食生活乱れないようにして、万全のコンディションで、新しい相棒を迎えてやらねばな。

 

 あぁーーー、めっちゃ楽しみーー!!

 

 ただ、1つ心配なのが、免許取得してから早2年、一回もバイク運転してないんだよな笑笑。

 まぁでもイケるっしょ!

 

色々整い始めた気がするということ。

 久々に更新したいなと思ってやってきました。

 

 前回の更新で「ゆるミニマリストを目指せ」というタイトルのもと、これからゆる~くミニマリストを目指していくぞ、ということを宣言した。

 

 そして宣言通り、お部屋から物が減ることを意識し整理を進めていたんだけど、だいぶスッキリしたなと思ったので、記録しようと思う。

 

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整理前

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整理後

撮影して、初めて気がついたが、あんまり変わってない。

おかしいな。

 

 

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整理前 (斜め上から)

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整理後 (斜め上から)

 自分では物を減らしてミニマリストに近づいたつもりだったのに、こうして客観的に見ると、整理前も整理後もあまり大差なく見えてしまう。ていうか大差ない。

 

 たしかに、減らした物といえば、センス無く布が被せられた姿見と、机の上のキューブボックスくらいだ。

 

「随分とスッキリしたなぁ、なんだか清々しいぜ~」

 とか思ってたのに。

 

 完全に気のせいだった。割と悲しい。

 

 いかに本物のミニマリストの人達が物を減らし(ディスプレイにもこだわっているのかな)ているのかがよく分かる。

 物減らすなんて簡単じゃん、とか思ってたけど、これは案外難しいかも。

 

 

整理後の写真をこうして見ると、もっと物を減らしたいなと思うのだが、現状ではこれが精一杯だな。

 

カラーボックスに詰めこんであるものは、下から順に、

1段目 救急箱、PC・スマホ周辺器具、化粧水達

2段目 よく使う文房具、手鏡、クレカや判子など大事なもの、手帳、日記帳

3段目 本、カメラ(これは使ってないからいらないかも)、カギ類

 となっている。

 

 正直どれも、そこにあると便利な奴らなのだ。

 

 ここからさらに減らすには、もう少し時間がかかるだろう。

 

 あと、写真を見て思ったことは、カラーボックスはもとより、テレビとベットとカーペットが、思ったよりもゴチャツキさを増してるんじゃないかな、ということ。

 

 ミニマリストの人の書籍やブログなんかを見てると、多くの人達がこれらを手放しているが、私にはできないなぁ。

 

 だって、朝はテレビ見るし、ベットは帰ってきたらすぐ寝れて便利だしふかふかで気持ち良い。カーペットは、無いと東北の冬を乗り切れない。

 床の冷気をなめてはいけないのだ。

 

 だからこれらも、今の私には必要なのだ。

 まだ手放せないなぁ。

 

 物を減らすことが善で、物を増やすことが悪とか、そういう事じゃないのは分かっている。

 

 あくまでミニマリストは、いらない物を減らして、日常生活への解像度を上げていくための「暮らしの術」だと思っている。

 

 無理に減らす必要は無いわな。

 

 これからも少しづつ物お減らしていこうと思う。

 あと部屋がださいので、ディスプレイや家具の交換も考えていきたい。

ゆるミニマリストを目指せ

 部屋の状態と心の状態は繋がっている。ってよく聞く。

 

 部屋が荒れていると、心も荒れてる。

 部屋が整理されていると、心も落ち着いている。

 

 

 「だからなんだ」と昔の自分なら思っていただろう。心とかよく分からんものによく分からん理屈をつけるな!

 

 だけど今はそうも言ってられない状況で、今の自分のままでこれから先の人生を歩んでいくと思うと恐怖でしかない。

 心が乱れていると苦しいものだ。心とかいう目に見えないものがまずあって、その後に思考や行動があるのだ。

 

 そう思い知ったのが2021年。なにをやっても手応えがなかった。何をやるにも、どこかに疑心があった。

 

 

 そんな状態を抜け出すために、ありがちだが部屋を整理することにした。

 

 物を減らす。

 

 使う物、使わない物を分ける。

 

 使わないのになんとなく部屋に出ている物、なんとなく捨てずにいる物、少しずつ分けて部屋を綺麗にしていきたい。

 

 ミニマリストだとハードルが高いので、もう少し取っつきやすく、挫折しづらく。

 ゆるミニマリストあたりを狙っていく。

 

 自分にとって必要なものってなんなのか。

 どうすれば幸せになれて、そもそも自分にとっての幸せって何なのか。

 自分にとって何がいらないのか。

 

 不要な物がない部屋で、自分の内面に落ち着いて向合っていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022

新年を、迎えた、

2021は、今のところ人生で一番辛い年になった。嫌な事があった、腹が立つことがあった、とかじゃない。

 年間を通して、ずっと辛くて苦しかった、こういう経験は初めてだ。だが、世の中にはもっともっと、長い、長ーーーい時間を耐えてる人だっているんだよな。そう思うとその人が不憫で可哀想で、だけど自分だってもっと酷い状況になるかもしれないという恐怖もあって、そういう人を心配する余裕なんてなくなる。自分の事で一杯で、保身で一杯で、そんな器の小さな自分がまた嫌だ。苦しくなる。

 いかに自分がテキトーな人間なのか、本気をだしても大したことができないのか、よく分かった。自分では努力したつもりでもそれは社会からしたら努力ではないようだった。目に見える結果にはならなかった。

 不誠実で、集中力がなく、人の話は聞かず、日本語での会話もままならない。

 まさか自分がこんなダメ人間だったとは、全然予想もしてなかった。

  色んな欠点を思い知らされた。精神が摩耗して摩耗した。自信も信念も、全部擦りきれた。

 

 人生変えたいな。今年は本当に、人生変えたい。じゃないと人生終わるなっていう危機感がある。でも、自分の場合は頑張ったところで無駄だと悟ってるところもある。

 けど変えたいな。やっぱ変えたい。無理かもしれないけど変えたい。だって苦しいもん。

 

 どう変えようか、どうすれば変えられるのか、じっくり考える。

 で、動く。

 

 自分も成長できるんだ、そう思える一年にする。

体験の哲学という本を読んだ。

 「体験そのものを目的とする」ということを、これから少しずつ実践することにする。そして体験したことをこの雑記に記録していくことにする。

 

 体験の哲学という本を読んだ影響です。

 

 「飲茶」(やむちゃ)という哲学関係の本を書いているお方がおられる。大学の後輩からその人の本を薦められ、読んで以降すっかり好きになった。

 

 哲学というと取っつきにくそうなイメージだが、すごくわかりやすく書いてあるし、読んでいて「ふふっ」と笑ってしまうような、そういう面白い文章をちょこちょこ挟んでくれる。

 

 普段、私達はどれほど今を意識して、自覚的に生きているだろうか。

 見聞きしただけなのに経験したつもりのことはないか?少し経験したくらいでその物事の全てを知った気にはなっていないか?ルーティーンな毎日だからと、その時その時に意識が向いていないなんてことはないか?

 

 そんなの勿体ないよ、人生の体感時間が短くなっちゃってるよ。

 もっと楽しく生きるためにさ、もっと自分の経験や行動、体験に自覚的になろうよ。

 というのが、この本の主張だ。たぶん。

 

 じゃあ具体的に何をすれば良いのか。

 簡単に言えば、日々の何気ない日常全てに自覚的なる。これができれば良いのだろうが、いきなりそんなこと言われてもよく分からないし難しい。

 

 そんな人のために、この本には「体験のチェックリスト」なるものがある。

 

 トマトを食べよう。釣りをしよう。ビジネスホテルに泊まってみよう。サングラスをかけてみよう。海に行ってみよう。などなど。書かれているのはどれも簡単なことばかり。

 しかし中には、パンドロデブ、ギフラ、コロンバ、サリーラン、等々、よく分からん単語もある。

 

 実はこれら、全てパンの名前である。

 

 パンを知ってますか?食べたことありますか?

 知ってます。あります。

 

 けど、パンと言っても色んな種類があって、見聞きしたことはあるけど、食べたことはない。それだけじゃなくて見聞きしたことすらないパンだってある。

 

 パンだけでこれだ。果物、スポーツ、娯楽、調味料、車、世界遺産、文化、世の中には、まだまだ未体験で溢れている。

 

 そういう「知ったつもりで経験したことないもの」も、このリストには載っている。

 

 既に経験したこと、簡単に経験できるのにまだしてないこと。

 

 水を飲むにしても、グラスの手触り、手に伝わる冷たさ、液体が喉を通る感覚、内臓に到達して内に広がる冷涼さ。

 

 経験することそれ自体を目的として、体験の機会を増やしていく。

 味わおうとすれば、いくらでも味わえる。そんな深みのある面白い世界が、本当は広がっているのだ。

 それを再認識していくための、体験のチェックリストだ。

 

 そのリスト、全部で約5700もの体験が書かれている。

 

 全部を体験するのは難しいかもしれない。いや、案外できるのかもしれない。

 少しワクワクしたが、数えてるうちにウンザリしてきた笑。面倒くさい笑。

 

 何かを始めようというとき、 最初から全力じゃ長続きしない、と言われるが、その意味が分かってきた今日この頃。

 

  全部やるぞ!って意気込むんじゃなくて、マイペースにゆっくりやっていこう。

 

 

 

 看脚下、という言葉がある。履き物はきちんとそろえて脱ぎましょう、と言う意味だ。仏教用語である。

 これはこの本の中に出てきた単語だ。この本の読者に伝えたいメッセージのキーワードだと思う。きっと、普段の何気ない行動も、意識をもって日々生きていきましょう。ということじゃないかと私は思っているが、本の中でどういう意味で使ったのか、明確に書かれていなかった。自分の頭で考えてね、ということなんだろうか。