一から
久々にブログを書く。
久々にブログを書くときはいつもこの出だしなので、他に何か良い出だしは無いかと考えたが無かったので結局これにした。
タイトルのとおり。一からブログを始めようと思う。
ずっと放置していたが、やっぱりブログ書きたいなと思ってまた書くことした。
このブログは3年前?くらいからやってた。けど仕事が忙しくてとてもブログに向かう余力はない。結果放置してしまった。
書いてない罪悪感からますます向き合いづらくなり、結果、放置されていったこのブログだが、ほんじつ大学時代の友人と電話してたら「私も何か挑戦してぇな」と、やる気をもらった(話の内容はまた別で)。
やる気をもらった私が「やっぱブログ書くわ!」と友人に宣言し、その勢いで数ヶ月ぶりにこのブログは開かれたのだが、放置していた罪悪感がどうにも私から離れない。
脳内で会議をした結果「更新日が古すぎる過去の記事が目に入るから、放置ちていたという罪悪感が自然と連想されるんじゃね?」という結論が導き出され、よし、ならば消そうと。。。
過去の全ての記事が消されるという暴挙が実行され、今に至る。
過去に書いた記事たちよ、すまん。
もちろん、楽しく書いたり、スター付けてもらったり、コメントいただけたり、嬉しい思い出もあるけど、それ以上に「見たくない」が勝ってしまったのだ(しんどい時に書いてたブログも多くて思いだしたくなかったってのもある)。
もともとこのブログは「文章上手くなりたいな」みたいな緩い理由で始められた。
というような理由で当時は記事を書いてたが実は割と本気で上手くなりたいなと思ってたりする。
しかし、ちっとも上達しない文章とちっとも上手くいかない仕事の毎日に心身は疲弊し、「なんか何やっても上手くいかねー」「何やっても意味ねーじゃん」(他にも色々手出してたんだ。語学の勉強とかね)と、鬱々な日々を過ごし、結果放置して今に至る。
それでも今日こうして書いてるのは、やっぱ文章上手くなりたいなと、自分の欲を再確認したからだ。
どうも私は文章が上手い人に憧れる。
読んでてつい夢中になってしまうような文章を目にすると感動するからだ。
あと、高校の頃に大学に推薦入試を受ける権利をもらい、以降は小論文の練習を毎日のようにしてたのだが、原稿用紙にスラスラと自分の考えを書いてる瞬間がすごく気持ち良かった。(恩師が丁寧に添削してくれたおかげで成長し、入試は突破できた。)
大学に入学してからは、卒論を書くまで長い文章は一切書くことは無く、文章力が低下した。
社会人になってからも状況は変わらず、一層低下した文章力となって今に至る。
ライターとか小説家とか、そこまでとは言わない(本当はそこまでになりたい)。
私も書けるようになりたい。
それに、
「もし、読んで夢中になるような文章が自分でも書けるようになったら」
そう考えると、体の中の満足袋が膨れてくる。
やっぱり私は文章が上手くなりたい。
それに今日気づいた。
だからまた始める。
それに、今度は一人じゃ無い。
実は冒頭に電話した友人Aとは、半年前から面白い取り組みしていた。
「お互いに目標を宣言して進捗報告をし合わないか?」
と、定期的に自分の努力を報告し合っていたのだ。
人それぞれ、この世界に生を受けたら大なり小なり野望があるはずだ。
しかし、野望のために行動しても、継続という壁が行く手を阻む。それを乗り越えても様々な外的要因が立ちはだかるが、まずは、いかに努力を継続するかが問題なのだ。
努力は一人よりは二人の方が良い。人の目があることで張り合いが出る。
今度こそやるぞ。
私は文章が上手くなる!
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ここまで読んでくれて、ありがとうございました。